大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 昭和36年(ワ)388号 判決 1962年12月24日

原告 渡辺金之助

右訴訟代理人弁護士 半沢健次郎

被告 柴原良平

右訴訟代理人弁護士 伊藤俊郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告が昭和二〇年三月二四日本件建物を佐藤麟五郎に、更に同人が同年四月二〇日これを被告先代柴原正に順次売渡し、その頃、佐藤の同意を得て中間登記を省略し、原告から直接被告先代に所有権移転登記を経由したことは当事者間に争がない。

被告は、右佐藤は特に本件物件を右建物とともに原告より買受け、これを被告先代柴原正に売渡したものであると主張し、成立に争のない乙第三号証≪中略≫によれば、佐藤と右正との間には前記建物とともに、特に右物件につき売買契約が成立したことが認められるけれども、原告が特に右物件を売買の目的として前記建物とともに佐藤に売渡したとの点については、にわかに措信し難い乙第五号証の記載をおいて、他にこれを確認するに足る証拠はない。

次に、被告は本件物件は本件建物の従物であるから、右建物に対する売買の効力は当然従物たる右物件にも及ぶべきであると主張するので検討するに、成立に争のない乙第七ないし第九号証によれば、右物件(箪笥)はいずれも、右建物のうち居宅店舗内の装飾をかねて同所一二畳間の押入にはめ込むように製作され、その常用に供されていたこと、そしてこれを取外すと室内の様相が調和を欠き、取外個所を押入などに使用するにはその部分を改造しなければ使用し難いことを認め得るから、右物件はいずれも右建物の従物であると解すべきである。そしてまた、原告は原告が佐藤との間に前記売買契約をなすに際しては、原告は右物件が現に差押を受けていることを告げ、特に右物件を売買の目的より除外した旨主張するけれども、これを確認するに足る証拠はない。しかし、成立に争のない甲第一、第三号証、乙第七号証によると増沢千代之進は昭和一七年五月一二日原告に対する債務名義の執行力ある正本に基き右物件につき差押をなし、また岡本孝次郎は昭和二〇年二月二日同じく原告に対する債務名義の執行力ある正本に基き右物件につき照査手続をなさしめ、その後右増沢のなした差押は解除されたけれども、岡本孝次郎のなした差押は今なお存続していることが認められる。すると、後記認定のように、右差押の標示が何者かによつてはぎ取られていても、一旦適法になされた差押の効力がそれによつて消滅するいわれはないから、右差押の効果として、右債権者との関係においては、原告と佐藤との間の前記建物に対する売買の効力が、即時無条件にその従物たる本件物件に及ぶものとは解し得ない。しかしながら、差押によつて債務者に差押物の処分を禁止するのは、これを換価して債権者に満足を受けさせる趣旨であるから、その範囲は換価のために必要な限度に止めるべきである。従つて、債務者が差押を無視した処分は債権者に対する関係で無効(相対的無効)とすれば足り、処分の相手方との関係での実体法上の効力まで否定する必要はないから、債務者は処分の相手方に対して差押中の行為であることを理由に処分の無効を主張することはできないものと解すべきである。しかして、この理論を推し進めれば、本件の場合においても、本件物件が売買の目的物より除外されたことの認められない以上、債務者たる原告は処分の相手方たる佐藤に対し、右物件が差押中であることを理由に、右当事者間の前記建物に対する売買の効力がその従物たる右物件に及ばないとは主張し得ないというべきである。そして、佐藤と被告先代柴原正との間に右物件につき売買契約が成立したことは先に述べたとおりであるから、右正との関係においても、原告は右差押の存在を理由に右物件の所有権が正に移転したことを否定し得ないものといわねばならない。(なお、本件のように従物のみに対する差押が許され得るか否かは異論の存するところであり、物の経済的結合を故なく破壊するとの理由で、これを消極に解する説がないではないが、その所有者が従物のみを自由に処分し得ることはいうまでもないし、我が民事訴訟法にはフランス民事訴訟法第五九二条、ドイツ民事訴訟法第八六五条のように従物に対する差押を禁じた規定はないから、従物のみに対する差押も許され得るものと解する。

仮に百歩を譲り、原告が本件物件の差押中であることを理由に佐藤の右物件の取得を否定し得るものとしても、被告は更に、被告先代柴原正は民法第一九二条によつて右物件の所有権を原始的に取得した旨主張するので判断するに、およそ差押中の動産であつても、民法第一九二条所定の要件を具備するときは、取引の相手方は右動産につき完全な所有権を取得し得るものと解すべきところ、成立に争のない乙第三号証≪中略≫によれば、佐藤と右正との間に前記売買契約が成立した当時は、原告は未だ前記建物中の店舗および居宅店舗を使用していたが、昭和二〇年六月末頃に至り、先に自己の住居に充てるため、佐藤より借受けていた右建物中の二階建倉庫一棟建坪一〇坪外二階九坪位を改造し、そこに右居宅店舗から移転して、右店舗および居宅店舗を空家とし、同建物を明渡したことを佐藤に通知し、佐藤は更にこれを右正に通知したので、その妻とよは同月末頃掃除かたがた買受物件の引渡を受けるため、正の代理人として右建物に赴き、佐藤より右居宅店舗および同建物内の本件物件の引渡を受けたこと、前記差押の標示は右物件に対するものはいずれも抽斗の内側に差押札を貼付してなされていたが、原告が右居宅店舗を明渡す頃には、既に差押の際に貼付された差押札は何者かにはぎ取られ、右とよが右物件をあらためた際には、その一棹の一番上の抽斗の中に麻紐で結んだ鍵が二、三個あつただけで、右差押札は見当らなかつたことが認められる。右事実によれば、右正は右物件については、妻とよがその代理人として前記居宅店舗の引渡を受けた際、同時にその引渡を受けたものと解すべきである。そして前掲乙第三、第一二、第一四号証、証人柴原とよの証言によれば、当時右正も、またその代理人として関与したその妻とよも、右物件が差押中のものであることはこれを聞くに至らなかつたことを認め得るから、この事実と叙上認定の事実とを併せ考えると、正は右物件に対する前記差押の事実も、また佐藤がその所有権を取得しなかつたことも知らずに、右物件の占有を取得したが、その知らなかつたことについては過失はなかつたものと断ずべきである。従つて、右正は民法第一九二条により本件物件についてその所有権を実質的に取得したものと解すべきである。

そして、右正が昭和二二年一月三〇日死亡し、被告が家督相続によつて右物件を承継取得したことは前掲乙第三号証によつて明らかであるから、右物件が原告の所有に属するものとして、その所有権の確認およびその引渡を求める原告の請求はいずれも理由がない。

よつて、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鍬守正一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例